Message…ようこそ!
私(藍琉)のブログにアクセスくださり、ありがとうございます^^
このブログは、「子宮内膜増殖症」という病気から、
「子宮体癌」へ移行した、私の闘病記録です。
この2つの病気についてや、このブログを読んでくださる方へ
最初に伝えたいことを書いておきました。
良かったら、おつきあいください^^
※
コメントをする際にも、一度こちらの記事を読んでいただけるとうれしく思います。よろしくお願いいたします。
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皆様、お久し振りです。このブログの管理人・藍琉です。
管理人の現在の状況をお知らせいたします。
結論から言うと、11月半ばにようやく地元へ戻ってきました。
以下、その経緯です。
10月に一時帰宅をして後、10月22日に再び遠方の地へ戻って、母の付き添いに追われる日々を過ごしておりました。
が、10月27日に、外していた頭蓋骨の一部を元に戻す手術が行われ、無事に成功しました。同時に行うかも知れないとされていた水頭症の手術は、悪くなっていないから、という理由で行わずに済みました。
2週間程、傷口の治療に費やし、無事に傷口はくっつき、抜糸も済みました。
そして、11月10日過ぎになり、状態も落ち着いているので今なら地元へ移送する事が可能だと主治医から許可が下りたため、17日に移送すると決まりました。
移送手段は、2番目の兄の娘婿の所有する8人乗りエス○ィマの後部座席を倒してベッド代わりにして母を寝かせ、みんなで交代で車を運転して高速を直走る、というモノでした。
飛行機や介護タクシーを使うとウン十万吹っ飛ぶ事になってしまうため、その手は却下し、車で移送する事に決めたのです。
前日に兄たちがエス○ィマに乗り込んで遠方の地まで来てくれ、現地でもう1台レンタカーを借り、私と弟と母の荷物をそこへ積み込んで、2台連台で走ることになりました。
母を手術してくれた主治医も、自ら同行してくれると申し出てくれました。移動中の母の管理と、栄養点滴は主治医がずっと看てくれていました。
母を乗せたエス○ィマは、私と弟で交代で運転し、兄たちはもう1台の車を運転し、12時間近くかかって、地元の病院へ無事に母を届けることが出来ました。
11月25日、やはり水頭症が酷くなってきてしまい、その治療のための手術(シャント手術)を行いました。
代謝の悪くなった髄液を、頭部と胃とを繋いだチューブから強制的に代謝させるようにするため、そのチューブを身体に埋め込む手術(シャントと言います)でした。
(チューブは外からは全く見えません。身体の中を通してしまうので。)
手術自体は成功した…と思うのですが、イマイチ、母の意識等がはっきりしない状態が続いています。母が寝たきりのため、髄液の排出が上手くいっていない可能性があるらしいですが、何とも言えません…。
とりあえず、家から病院へ通える様になったので、その点だけは良かったですが、母の状態は、2ヶ月前とほぼ変わっていない感じがします…。
本当に、長期戦で臨まなければならないようです…。
私も、11月22日で、術後2年と3ヶ月が経過しました。
私の身体の方は、全く問題はありません。
ただ、だんだん寒さが日に日に増してきて、『冷え』に注意しなければいけない時期になってきましたね。
今年も、俗に言う”ババシャツ”を着ないと、かなり私には厳しい寒さです(笑。
寒いと傷口が痛い事もたまにありますので、貼るカイロも常備しなくちゃ…。
皆さんも、防寒対策には気をつけて下さいね。
というわけで、地元にも戻ってきましたので…以前と同じ様なメールやレスのやり取りもほぼ可能な状態になりました。
が、やはり母のことが私の生活の中心にあるので、メールやレスのお返事が遅くなる可能性があります、ご了承下さい。
ここまで読んで下さって、ありがとうございました。m(_ _)m
皆様、ご無沙汰しております。
この度は、私の家族の事で、皆様に大変ご心配をおかけしており、申し訳なく思っております。
それと同時に、この状況下にある私にあたたかい励ましのお言葉をたくさんいただいて、本当にありがとうございます。m(_ _)m
現在の管理人の状況等をお知らせいたします。
まず、10月14日午後より、高速バスに乗って走ること12時間かかって、15日早朝に地元へ一時帰宅しました。
22日の深夜、再び同じルートで母のいる遠方の地へ戻る事になっています。
地元へ戻っても、休めるのはこの土日くらいで、平日は母の色んな手続き関係や、この家の関係の支払い等に追われる予定です。
今回、一時帰宅したのは、9月に受けるはずだった定期検診+CT結果を聞くため、という理由もありました。
で、10月16日に、予約無し状態で朝から総合病院にかけつけ、1時間位待って、診察を受けてきました。
結論から言うと、8月に受けたCT及び血液検査(腫瘍マーカー)の結果は、異常ありませんでした。良かったです…。
主治医も今回の事情を知っており(キャンセルした時にカルテに状況が記入されていた)、
「藍琉さんは、術後2年…まだ2年だけど、今のところ状態も落ち着いているし、2ヶ月毎から3ヶ月毎の定期に変更するとか…来られる時に来るっていう形も出来ますよ。
本格的にお母様のおられる場所へ拠点を移すという事でしたら、紹介状も書けるので、そちらの病院で診てもらう形もとれると思いますよ。」
とおっしゃってくださったので…まぁ、まだ拠点を移すという選択肢は無いんですが、とりあえず3ヶ月毎という区切りにしてもらい、次の予約を来年1月末あたりにしてきました。前日の午前中なら予約の取り直しも出来るそうなので…。
その後、先月からしつこく出る咳+戻ってきてから体調が悪いので、内科を受診して、血液検査(産婦人科分も採血)をした結果、炎症反応が高い(胸部レントゲンには異常なし)=『気管支炎』と診断されて;、抗生物質等5日分の薬を処方され、戻ってきました。
強い咳止めを処方されたんですが…夜中に出る咳で眠れずに困ることがあります(涙。昨夜は、本当なら今朝飲むはずの咳止めを夜中に飲みましたし;。そうじゃないと苦しくて眠れなかったので…。。。
せっかく地元に帰ってきてるのに、体調がこれでは、どこにも行く気もしないし、出歩く気力もないです;。
皆さんも、体調管理には十分お気を付けくださいませ。
以下は、母の現在の状況について記しています。
読みたいと思う方のみ、続きをご覧ください。
2009年9月22日を過ぎましたので、
体がんの手術を受けてから、2年と1カ月(25カ月)を経過しました。
本来ならば、9月18日に、術後13回目となる外来へ行って、8月終わりに撮影したCTの結果を聞くのと、いつもの定期検診を受ける予定だったのですが…。
「管理人の現在の状況をお知らせいたします」記事でも書きましたとおり、現在、地元からかなり離れた遠方の地で、クモ膜下出血で倒れた母の看病をしている為、外来へ行くことが出来ず、現在に至ります…。
夏から秋に季節が変わりつつあり、気温が涼しくなってきて、時々ですが2年経過した今でも傷口のあたりがうずきます。そんな時は、思わず、お腹をおさえて「いたた…」となりますが、これはきっと生きている限り続く症状なんでしょうね。。。
それ以外は、幸いなことに、大きな後遺症は出ていません。
右足の付け根部分がだるいのは、相変わらずですが…;。
先にも書きましたクモ膜下出血で倒れた母ですが、合併症の血管れん縮によって引き起こされた脳梗塞、および水頭症、脳の腫れ等により、現在はずーっと眠ったまま(本当に寝ている)、意識がありません…。
時々、ほんの短い間、目を覚まして何かを呟いたり、短い言葉(眠い、痛い、おはよう等のあいさつ等)を話したりはしますが、ほぼ、ずーっと眠ったままです…。
術後にはなかった麻痺も、脳梗塞の影響で、左側がほとんど動きません…。
2年前、私は体がんになった時、母に、たくさんたくさん迷惑と心配をかけました。そして、たくさん助けてもらいました。その恩を返す時が来たんだと思って、今、一生懸命、頑張って母を看病しています。
麻痺した左手と左足をマッサージ運動したり、リンパマッサージをしたり、眠ったままの母に話しかけたり、揺り起こしたり…挑戦しています。
絶対に諦めません。
今、増殖症や体がんで、負けそうになっている方…。
諦めないで下さい。負けないで下さい。
可能性が残されている事には、諦めず、最後まで挑戦して下さい。
心まで、病気にならないでね。
自分の弱さに、負けないでね。
私も、頑張ります。頑張り続けます。
貴女も、きっと頑張れます。
一緒に頑張りましょう。
長いこと、留守にしていまして、申し訳ありませんでした。
ここで、現在私の家に起きている事をお話します。
実は、9月8日に私の弟が心筋梗塞で、そして9月11日に私の母がクモ膜下出血でそれぞれ倒れて、入院しました。
しかも、私が住んでいる場所から遠く900キロは離れた場所で、です…。
弟は、仕事の関係でこちらに来ていて、ビジネスホテルに宿泊中に心筋梗塞の発作が起こり、救急車で病院に運ばれたんだそうです。
幸い、心筋梗塞でも一番軽いレベルのものだったので、弟は現在順調に回復し、20日の日曜日あたりに退院出来そうな見通しです。
そして母は…弟のもとへ駆けつけてから3日、4日目の11日は家に帰る予定で居ました。
私のすぐ隣のベッドで寝ていた母に異変が起こったのは、同日午前4時20分頃の事でした。
その前にトイレに起きた母、その音で目を覚ました私…私がその物音に気付いて起きていなかったら、母の命は無かったかも知れません。クモ膜下出血は、発見の早さですべてが決まるからです。荒い呼吸とうわごとの様な…いびきの様な独り言、無意識に手足を動かしまくる等の症状は要注意です。。
母の手術は6時間ちょっとかかりました。右脳部頸動脈瘤破裂によるクモ膜下出血でしたので、開頭してクリッピング手術を行いました。
術後4日で集中治療室を出て、一般病棟に移りましたが、現在、手足の麻痺・言語障害等の後遺症は一切なく、飲食も出来るまでになりました。
ですが、クモ膜下出血には、再出血・水頭症・脳血管れん縮という三大合併症があり、昨日は元気そうでも突然意識不明になったり、今まで出ていなかった麻痺等が出てきたり、血管れん縮が進めば脳梗塞になるため油断はできない状態で、主治医の先生からはいつでも病院に駆けつけられるようにしておいてくださいと言われています。
こんな状態では、弟はともかく、母を残しては帰れません。。。
なので、こちらでマンスリーマンションを借り、姪から使ってないノートパソコンを借りて、今この記事を書いています(ネット接続はマンションについてます)。
それから18日に予約していた外来も、急きょキャンセルしましたので、病気関係の記事はしばらく書けないかも知れません。
とりあえず、ブログの管理は出来るようにはなりましたが、なにぶんこういった状況下のため、今までの様に、コメントの素早い承認(公開)や、レスを返したりメールの返事を書いたり等の時間が取れない事もありますので、その点はご了承いただきたく思います。m(_ _)m
皆さんも、くれぐれも身体には気をつけて下さいね…。
8月22日は、子宮体がん1a期・G1~G2(混合してました)により、子宮及び両卵巣を摘出する手術を受けた日です。
2007年の事でした。
あれから、2年が経過しました。3年目に突入です。
本日24日、術後2年経過ということで、年に1回のCT検査を受けに、病院へ行ってきました。
今日は検査のみで、画像の診断結果は9月中旬の外来時に聞く予定になっています。
私、造影剤、嫌いなんですよ…(涙。
何度やっても、薬を入れた瞬間の、あの全身がカァァッと熱くなるのが、たまらなく気持ち悪いし、慣れません。。。
(私は、造影剤に対するアレルギー等は無いので、パス出来ないんですよねぇ…。で、特に気分も悪くなったりはしないんですが、ただあの瞬間が気持ち悪い、という意味です。)
更に今日は…私の血管が出にくいのが一番悪いんですが、担当看護師さんに、1回ミスられて、2回目はもの凄い痛い所に針を刺されてしまって、泣きそうでした(苦笑。
でも、痛いと私が言っているのに…構わず血管ぐりぐり探す看護師さん…痛いです…痛すぎるんですよ?
悪いのは私なんです、それは解ってるんですが…ここにあるはずなのに! みたいに探られても、出ないものは出ないんです;。痛いので…勘弁して下さい(涙。
それに…指された二箇所、血、止まってませんでした(苦笑。針刺した場所を保護する絆創膏、しばらくして剥がしたら、血がべっとり付いてましたよ…;。
それでも何とか無事にCT撮影は終わりました。
あとは…神のみぞ知る!? な域ですね(苦笑。
二年…あっという間でした。
正直、私に酷い後遺症が出ていなく、手術後は特に大きな病気もしないで、ここまでこれたからだろうと思います、あっという間だなって思えるのは…。
それに、私をずっと支えてくれた家族、友人たち、その友だちの方のご家族の長寿な猫ちゃん^^、そして、いつもこのブログを見に来て下さる方、同じ病気とたたかっている同志の皆さん…色々な人の励ましのお陰だと思っています。
感謝してもしきれない位、感謝しています。
本当に、どうもありがとう。
くじけそうになることも、いっぱいいっぱいあります。
こころが折れそうになることも、それはそれは、たくさんあります…。
でも、今こうして、生きていられること、それは何物にも変えられません。
同じ病気で残念ながら亡くなってしまう方も居る中で、こうして生き残れたという事だけでも、感謝しなくちゃいけないと思ってます。
なくしたものがあっても、この病気になって、得たものもあります。
この病気になった意味が、必ずあるはずだと思います。
意味のないことなんて絶対に無いから…そう思いたいです。
生き残れた意味も、必ずあるはずだから。
私は、これからも、色々な苦しいことつらいこととたたかいながら、その先にある意味と喜びを見つけたいと思います。
何よりも、”生きていたい”から…5年の壁突破を目指して、頑張っていきたいと思います。
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